身体の力が抜けないのはなぜ? 「緊張」を悪者にしない身体の見方

2026年10月06日 19:16



「もっと力を抜いてください」

そう言われても、

「いや、抜いているつもりなんだけど……」

となった経験はありませんか?

肩に力が入っている。
歯を食いしばっている。
お腹が硬くなっている。
寝ているときまで身体がこわばっている。

こうした状態が続くと、

「身体の力を抜かなきゃ」
「この緊張をなくさなきゃ」

と思ってしまうことがあります。

でも、少し違った角度から身体を眺めてみると、

その緊張にも、何かしらの理由があるのかもしれません。

今回は「緊張=悪いもの」と決めつけず、

なぜ身体は力を入れるのか?

というところから考えてみたいと思います。

そもそも、身体の「緊張」は悪いもの?


私たちが立っていられるのも、歩けるのも、物を持てるのも、筋肉が適切に緊張してくれているからです。

もし全身の筋肉が完全に脱力してしまったら、姿勢を保つことすらできません。

つまり、

緊張そのものは身体に必要なもの。

問題になるとすれば、

必要以上に力が入り続けていることや、
必要がなくなっても緊張が抜けにくくなっていることです。

だから身体を見るとき、

「緊張している=悪い」

とすぐに判断するのではなく、

「なぜ、ここに力が必要なんだろう?」

と考えてみる。

すると、身体の見え方が少し変わってきます。

身体は「安定させるため」に力を入れることがある


たとえば、グラグラする足場に立っているところを想像してみてください。

自然と脚やお腹に力が入りませんか?

これは身体が、

「転ばないようにしよう」

と安定性を高めようとしている反応とも考えられます。

身体の中でも似たことが起こります。

ある部分がうまく使いにくかったり、動きにくかったりすると、そのぶん別の場所が頑張って身体を支えることがあります。

たとえば、

股関節が動きにくいぶん腰を大きく動かす。

体幹で支えにくいぶん肩周りに力を入れる。

呼吸や胸郭の動きが小さいなかで、首周りの筋肉が呼吸を助ける。

こうした身体の工夫は、必ずしも「間違った使い方」とは限りません。

その時点の身体なりに、

なんとか動きやすく、安定しやすい状態をつくろうとしている

とも考えられるからです。

「肩の力を抜いて」と言われても抜けない理由


肩に力が入っている人に、

「肩の力を抜いてください」

と伝える。

それだけでスッと抜けることもあります。

でも、何度意識してもすぐ元に戻ってしまうこともあります。

そんなとき、

意識が足りないのではなく、

身体にとっては、その緊張がまだ必要なのかもしれません。

姿勢を支えるため。

呼吸を助けるため。

痛みや不快感のある場所をかばうため。

慣れない環境に対応するため。

あるいは心理的な緊張に反応していることもあるでしょう。

つまり、

「力を抜けない身体」

ではなく、

「何かのために力を入れている身体」

として見てみる。

この違いは、身体との付き合い方を考えるうえで意外と大切です。

心が緊張すると、身体も緊張する


身体の緊張を考えるとき、筋肉や姿勢だけでなく「心」の状態も無視できません。

たとえば、

人前で話す直前。

大事な仕事をしているとき。

失敗できないと思っているとき。

不安や心配事があるとき。

気づいたら肩が上がっていたり、呼吸が浅くなっていたり、歯を食いしばっていたりすることがあります。

私たちの身体は、心理的な状態と無関係に動いているわけではありません。

緊張やストレスを感じれば、自律神経の働きなどを介して、心拍や呼吸、筋肉の状態にも変化が起こります。

反対に、ゆっくり息を吐いたり、安心できる場所で横になったりすると、身体の力が自然と抜けることもあります。

心から身体へ。
身体から心へ。

互いに影響し合っている。

東洋医学には、心と身体をひとつながりのものとして捉える「心身一如」という考え方があります。

身体の緊張を考えることは、今の自分の状態を知ることにもつながるのかもしれません。

「緊張を取る」より「緊張しなくてもいい状態」を考える


ここで少し発想を変えてみます。

硬くなっている筋肉を見つけたとき、

「ここを柔らかくしよう」

と考えることもできます。

一方で、

「なぜ、この筋肉は硬くなる必要があったんだろう?」

と考えることもできます。

もし身体が何かを支えるために緊張しているのであれば、

緊張しているところだけをゆるめても、身体が「まだ支えが必要だ」と判断すれば、再び力が入ることも考えられます。

だからこそ、

動きやすさ、
姿勢、
呼吸、
身体の支え方、
生活環境、
心理的な安心感など、

少し広いところまで見ていく。

すると、

「緊張をなくす」のではなく、
「緊張し続けなくてもよい条件をつくる」

という考え方ができます。

オステオパシーでは、身体全体のつながりを見る


オステオパシーには、身体を部分ではなく、ひとつのまとまりとして捉える考え方があります。

たとえば肩が硬いからといって、必ずしも肩だけを見るとは限りません。

胸郭は動いているか。

背骨はどうか。

骨盤や股関節はどうか。

呼吸はどのように行われているか。

お腹周りにはどんな緊張があるか。

身体のさまざまな場所を観察しながら、

「この人の身体は、今どのようにバランスを取っているのだろう?」

と見ていきます。

硬いところを見つけて、それを悪者にする。

というより、

その硬さも含めて、今の身体がどのように成り立っているのかを見る。

それも身体を理解するひとつの方法です。

「力を抜く」ために、頑張らなくていい


「力を抜かなきゃ」

と思えば思うほど、力が入ってしまうことがあります。

これは心にも似ています。

「リラックスしなきゃ」

「考えないようにしなきゃ」

「ストレスをなくさなきゃ」

そう頑張ること自体が、新しい緊張になってしまうこともあります。

そんなときは、

無理に変えようとする前に、

まず観察してみる。

「今、肩に力が入っているな」

「今日は呼吸が浅いな」

「人と話しているとき、顎に力が入るんだな」

それだけでも十分です。

身体を観察すると、

自分がどんなときに力を入れやすいのかが少しずつ見えてきます。

緊張も自分を知るためのサインになる


身体の硬さや緊張を見つけると、

つい、

「直さなきゃ」

と思ってしまいます。

でも、その前に、

「なぜ身体はこうしているんだろう?」

と眺めてみる。

そこには、

身体の使い方が隠れているかもしれない。

日々の頑張り方が表れているかもしれない。

今の自分が安心できているかどうかが、表れていることもあるかもしれません。

身体の緊張は、単に取り除くべきものではなく、

自分の状態に気づくためのひとつのヒント

として見ることもできます。

変える前に、気づく。

ゆるめる前に、感じてみる。

そうやって身体との付き合い方を少し変えてみると、

無理やり力を抜こうとしなくても、

身体のほうから自然と力を手放せる瞬間が増えていくかもしれません。

心と身体にスペースをつくる。

そのために必要なのは、

何かを頑張って「なくす」ことではなく、

今の自分に何が起きているのかを、少し丁寧に見てあげることなのかもしれません。

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