学び、気づき

2024年02月13日 23:51

やりたらないということならばやったほうがようのであろう。それがどう展開していくことであろうともだ。それをもってしることもあれば、経験もつめる。経験がまだでわからないから余計にまだまだとなるのか。そして、在り方によってはその展開の方向性もぐるりとかわることもあろう。
やりたらないけれど、無理に知識でおさえこむというのは自分の根底は納得していないともとれるので、それはまた何らかの不調和としてあらわれる可能性もあるのである。
たしかに知識を積むことで納得への手がかりにしていくのはアリなのだが、それだけではないというところか。自分を説得しても納得できてなければというところでもあろうか。
買い物したりないなら存分に買い物するのである。そのなかで、その勢いや流れを調整したり方向を整えたりもしていく。
無理に逆らっておさえるとむしろあふれ決壊し、おもわぬ氾濫となりかねないともいえるのである。


そして、このやりたらなさの波長が近いもの同士はひかれあう可能性があり、それもまた学びである。いわゆる反面教師ともなりえよう。
表面的には真逆にみえても根底の波長が近いということもあるので、一見、そうみえなくても近い波長⇒近い問題、や学ぶカリキュラムが近いということになり、やはりひかれあいあつまる可能性があり、そこは互いの学びの場となりえるのである。

これらのことは、食や性、あらゆる欲等に関連するようなことでありそうなのである。

そして、深く心から、学び、気づくためのきっかけ
そのためにそういうふうになっているのかもしれない

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